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千葉県大多喜町に本院を構える上行寺。

現在その仏事の中心は船橋市にある上行寺 別院にて行われている。

その別院にて副住職を務めるのが、今回紹介する遠山 玄秀(とおやま げんしゅう)である。

子どもの頃から仏教に関心はなく、高校生のときには化学者の道を目指し、大学院進学まで考えていたという遠山。

「理系的な論理をベースにした考え方は今でも役立っているのでしょうね」と笑う彼はいったいどのような僧侶なのか。

父の背中を見たある日

遠山の祖父は千葉県大多喜町の上行寺で僧侶をしていたが、父はおもちゃ問屋に勤めるサラリーマンで、遠山自身も仏教に触れて育ってきた訳ではなかった。

しかし、祖父が亡くなったことで、父が上行寺の跡を継ぐために急遽僧侶となった。

現在の船橋市の別院は、ベッドタウンである船橋という土地柄、檀家・菩提寺を持たない人が多く、その人たちへの思いもあり父が建立したお寺である。

当時の遠山は「いつの間にか父が僧侶になっていた」と言うように、仏教にさほど関心はなかった。

高校生の頃には化学者になりたいという夢を叶えるために、千葉大学へ進学。当然のように大学院へと進学しようとしていた大学4年生の時に転機が訪れる。

「大きな病気ではなかったのですが、父が体調を崩しまして。父とはあまり話すことはなかったのですが、それをきっかけに将来のことで会話をするようになりました。」

ある日、そんな父となぜか一緒にお風呂に入ることになったそうだ。

「一緒に入った理由すら覚えていませんが、その時50代半ばだった父の背中が妙に小さく、まるで老人のように見えましてね。」

その姿は脳裏から離れず、このまま化学者になるのか、父の跡を継ぐために僧侶になるべきか迷い始めたという。

今まで自由に育てられてきたが、親孝行がひとつもできていないという思いは日に日に強くなり、大学院進学をやめ、宗門大学の立正大学へと編入。仏教の道を歩み始めることとなる。

遺された家族のことまで考える

「僧侶になったばかりの頃は、自分のことだけしか考えられなかった。余裕もなにもなかったんです」

初めて1人で執り行った葬儀のことは、お経を間違えてはいけないと無我夢中になり、ご家族の名前すら覚えていないという。

「それから経験を積み、自分目線ではいけないと。ご本人・ご遺族がどうしてほしいのかを考えて行動しなければならない」

と相手のことを考え、大切に法事を勤めるようになっていった。

しかし、とあるおじい様の葬儀を任された時に、自身の考えの甘さに気づくことになる。

「葬儀から1ヶ月ほど経った頃です。ご遺族の方から、『葬儀に参列していた娘が自殺で亡くなった』とお電話をいただきました」

おじい様にとって亡くなった女性はお孫さんだった。「ご遺族のため、と思って葬儀をしていたはずなのに、お孫さんが自死を考えるほど悩んでいたことに私は気づけませんでした」

自分のやってきたことは自己満足ではなかっただろうかと後悔するとともに、「僧侶は故人を見送るだけではなく、遺されたご遺族ともっともっと関わる必要がある」と見つめ直すきっかけとなる。

それから遠山は自分の価値観で行っていた“ご遺族のことを考える”ということを論理的に行うために“グリーフケア”を研究するようになる。

論理的に人に寄り添うこと

“グリーフケア”とは、身近な人との死別を経験した時の悲しみなどさまざまな感情から立ち直れるように、寄り添いサポートすることである。

例えば、父を亡くしたご遺族と対面した時、同じ家族と言っても一人ひとりにとって父親という存在の位置付けは異なる。

その時の一人ひとりの気持ちや、父との関係性をヒアリングすることで、対話しケアすることができる。

人に寄り添うための論理としてブリーフケアを学ぶことで、遠山はご遺族とお話しする時間がとても増えたという。

「以前は良くも悪くも、“おそらく”こう思っているから、こんな風に言えばいいのではないか、といった肌感覚でお話を聞いていましたが、今はヒアリングを中心に、相手の気持ちに合わせて対話をすることができるようになりましたね」

僧侶は死後を迎えてから関わるものという印象が強いが、生きている人にも積極的に目を向けないといけないと遠山は強く考えている。

「生前があっての死、それからの死後。すべてはつながっているから、対話する人の人生すべてを聞くようになりましたね」

今を生きる人と体系的に関わる

終活という言葉が浸透し、世間の人の中にも死ぬ前に死について考える人は増えている。

その中で、遠山自身も臨床宗教師の活動などを通し、生前から関わることを強く意識している。

「例えば、菩提寺はないけど生前戒名がほしいとご相談に来られる方もいらっしゃいます」

その人は病にかかり、自分の余命が幾ばくかわからない中で安心したいと戒名を求めていた。

しかし、ご縁のある寺院に相談するといきなりお金の話を始められ嫌悪感を抱いていたそうだ。

遠山はここでもヒアリングと対話を欠かさない。

「具体的な戒名の話はせず『なぜ戒名をつけたいか?』というところから2時間ほどお話させていただきました」

だからこそ、その人も安心して遠山に戒名をお願いできたそうだ。今でもご先祖様の月命日に赴き、お付き合いが続いている。お経をあげ、1・2時間ほど会話をするそうだ。

こうした生前からの僧侶としての活動は、地域包括ケアシステムから声をかけられることもあるという。地域包括ケアシステムは、高齢者の方が住み慣れた地域や自宅で日常生活が送れるよう、地域における支援サービスを一体的に提供できるケア体制の構築を目指すものである。

その中で、遠山は末期ガンやALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者と対話を重ね、看取りにも関わってきた。

「自分の死は受け入れられるが、遺す家族のことが心配だと言われる患者さんは多くいらっしゃいます」

だから、遠山は患者のみならず、ご家族のケアにも定期的に顔を出し、患者が亡くなられた後もグリーフケアという形で縁が続いていくという。

さらに、遠山に依頼をしてくる医療従事者に対しては、患者との対話の中での気づきをフィードバックしている。

「どんな人生を生きてきたのか、どんな気持ちなのか。対話の中で出てくる感情や望みをお伝えして治療に活かしていただいています」

生前からの人と僧侶との出会い方・変わり方、医療と僧侶のケアにおける関係性。

遠山のようにこうした体系の中で僧侶が活動することは、今や当然のように求められ、これまでのように感覚的に対応していた宗教活動では済まされないのである

お寺の範囲を超え、生前に死を考えてほしい

「抜苦与楽。これは仏や菩薩が人々の苦しみを抜いて幸せを与えることを言います」

遠山が目指すのは、「生老病死」の苦に直面した時に寄り添い、苦しみを楽しみに、不安を安心に変えることのできる存在である。

そのためにも遠山は、お寺の中だけでの活動にとどまることなく、僧侶の立場から治療やケアに関わっていけることを医療や介護の現場に働きかけている。

その中で、特に“死”の部分に向き合って話していく必要があると遠山は言う。

「死と向き合うと生をより考えるようになります。死の前には老いも病もある。

死を起点に考え、対話する人のために、今まで自分が学んできたこと、体験してきたことを考えて伝えてあげることで、より良い生き方が提案できるように活動を続けていきます」

―インタビュアーの目線―

理系出身の遠山さんですが、学生時代にお父さんの背中が小さく見えた時の思いから、相手の視点になって物事を見ることができる人だと思いました。

それは“おそらくそうだろう”ではなく、実際に人に聞き、相手の立場になることについて徹底していると同時に、自分に対しても腹落ちしないことはやらないと課する厳しさを持っています。

周りがやっていることに対しても、自分だったらどうしたいか、相手はどうなりたいかを問い続ける遠山さん。ロジカルに、そして優しく、相手に寄り添ってくれることでしょう

プロフィール

遠山 玄秀(とおやま げんしゅう)41

千葉県船橋市/日蓮宗 上行寺 副住職

臨床宗教師/終活カウンセラー協会 講師/グリーフサポートバディ認定

1977年千葉県生まれ。

僧侶として、亡くなられた方の供養と共に残された家族の心の癒しとして積極的に「グリーフサポート・グリーフケア」に取り組む。また、僧侶だけでは出来ることは限られると、医療関係、士業関係、葬祭業等、色々な職業の方と連携をとり、個人の「人生(生・老・病・死)」に関わっている。上行寺は1590年に本院のある千葉県・大多喜町に開山、別院は1990年千葉県船橋市に建立。

上行寺別院 https://www.tera-buddha.net/muhensan-jogyoji/