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僧侶が僧侶を派遣する会社がある。その名も「株式会社おぼうさんどっとこむ」。

あらかじめ布施の金額を設定し、僧侶を派遣するこのサービスはスタートして15年の歴史を持つ。

今回ご紹介する僧侶は、この会社の経営者でもある林数馬(はやし かずま)。僧侶と縁のない人に僧侶を派遣して法事を行い、お坊さんに対してプラスの思いを人々に抱いてほしいという林。明瞭な金額を提示することで、相手が納得のいくサービスを提供する。

信頼できる僧侶がいることを人々に伝えようと奮闘する林。このサービスを始めるきっかけとなったのは、林の友人が直面した危機に感じた僧侶への怒りからだった。彼はどんな僧侶なのだろうか。

友人を苦しめた僧侶への布施

林が生まれたのは、群馬・桐生市にある天台宗のお寺。「数馬」の名前をくれた祖父を尊敬し、僧侶になるべく宗門系の大学に進学した。

大学院を卒業し都内の寺院で奉職していた頃、林の友人からある相談が舞い込んできた。「実家である埼玉の菩提寺から、父の葬儀のお布施を500万円請求された」というのだ。

あまりに高額すぎるお布施に林も驚いたが、その菩提寺に対し林が出来ることはなかった。林がその葬式をお勤めしようかと打診してみたが、その友人の親族もその菩提寺との長い付き合いがあり、よそ者の林が手伝うことは許されなかった。その友人は何とかお布施を300万円用意することができた。

後日、その友人の父の通夜に参列した林を待っていたのはあり得ない光景だった。本来、お経を読むお坊さんの代わりにお経のエンドレステープが流れていたのだ。

その葬儀会場で涙を流し林を睨む友人の姿がそこにはあった。300万円のお布施ではダメだと突き返され、葬儀会場から帰ってしまい、さらにその後にはその菩提寺にすでにもっている墓に父の遺骨を納骨することを拒否されたのだ。

「このような僧侶が社会に存在していいのか」同じ僧侶として林は怒りに震えた。自分がこの流れを変えたいという思いを周囲に相談したところ「お前がやりたいのは世直しなのか」「目立ちたいのか」と問われた。そのとき林の脳裏に浮かんだのは、祖父の姿だった。

祖父が「故人の亡き後、生活が困窮するような檀家から布施をいただくのは、事情を酌んで受け取るべきか否かを判断すべきだろう」と祖母に話す姿を幼少期の林は見ていた。祖父は布施の金額によって檀家の葬儀に応じない僧侶とは真逆の、仏道に素直な人物だった。

祖父のような僧侶が社会に存在する事を伝え、いざという時に僧侶が駆けつけてくれるサービスが必要だと感じ、僧侶と縁のない人に僧侶を派遣する会社「おぼうさんどっとこむ」を2004年に設立した。

お寺と縁のない人のために作った会社

林が僧侶派遣のサービスで解決したかった課題のひとつは「布施金額の定額化」だ。これにより高額な布施を僧侶から請求されるのを防ぐことができるからだ。

事前に布施をいくら払えばいいのかがわかることで遺族は「後から高額なお布施を請求されないか」といった不安から解放される。

僧侶として「布施はサービスの対価ではない」というのは林もよく知っている。しかし、500万円の布施を要求する様な僧侶がいたことは事実だ。お布施を対価にしてしまっている現状を変え、遺族に安心して葬儀を依頼してもらう為にこのサービスは重要であると林は考えた。

また、お寺と縁のない人が葬式や法事を誰にどう相談すればいいかわからないという課題がある。核家族化が進み、家族ぐるみでお寺と付き合うことも少なくなりつつある。実家に帰省した際、墓参りに行ってお坊さんと話す家族はいまの時代にどのくらいいるだろうか。

「菩提寺を持つ」という感覚が薄まりつつあるなか、お寺とまったく縁のない人にお坊さんとの縁をつなぐことができるのがこのサービスの特徴だ。

依頼主までの距離や僧侶の状況などの理由で対応が難しい場合、または頑なに“高額な布施が用意できないと依頼を拒否する”といったような菩提寺との関係に改善の余地すらない場合に、このサービスが必要だと林は考えた。

菩提寺が法事をできない理由があり、その菩提寺の許可を得た依頼主にこのサービスを提供している。

林はお坊さんに「安心して」相談できるプラットフォームを作ったのだ。

お坊さんは優遇されるものではない

会社を設立した当初は赤字が続く厳しい経営状況だった。しかし、林の努力だけでなく、周りからの支えや知人の協力もあり、何とか経営も立て直すことができ、僧侶の登録数も250名ほどになった。

僧侶の数が増えるなか、林は僧侶が受領した金額を申告し、きちんと納税する必要があると考えた。

それまでの僧侶の世界は「お気持ち」で布施をいただく慣例から、布施以外にも心付けとしてお金をいただくことがあった。しかし、これまで心付けで頂いた金額を会社に申告しないことが常套化していた僧侶は、次第に納税する義務の意識がなくなっていた。

当時、林は「お坊さんは納税義務のない、優遇された身分ではない」と訴え続けた。お布施を申告しないと、社会に対して僧侶の存在価値を示せない。頂いたお布施で生活させてもらっていることを隠さず納税し、社会に対し僧侶は堂々としてほしいと。

「遺族からのお布施は全額、会社に入金し、その中から経費を差し引いて僧侶に渡す仕組みにした。」と説明する林。

その行動に対し僧侶からは「心付けをこれまで申告する必要はなかったじゃないか」「すべての僧侶が納税していないのに、なぜこの会社に登録すると義務が発生するのか」など強い反発を受け続け、ついには登録者数が1/3まで減少する事態になった。

しかし、それでも林はぶれなかった。「一般市民からお金を頂く以上、堂々と活動してほしい」と、同志である僧侶から反発を受ける厳しい状況のなか必死の思いで僧侶に働きかけ続けたのだ。

社会に寄与する僧侶であってほしい

その中、ある事件が起きた。2014年、とある地区の仏教会30ヶ寺ほどの寺院に税務調査が入り、合計数千万円にものぼる追徴課税の処分が下されたというのだ。

なかには1,000万円をゆうに超える追徴金を支払った寺院もあり、今まで表に出ていなかった実態を目の当たりにすることになった。

この事件の詳細を、林の会社に登録する僧侶に伝えると、それまで申告に疑問を投げかけて来た僧侶たちも襟を正し始めてくれたのだ。

反発しながらも会社に残ってくれた僧侶から、「確定申告でお金が還付されることを知り、ボーナスがもらえる気分になった。これまでお布施は丸々もらえると思い込んでいたが、社会に寄与している僧侶として堂々と気持ちよく活動したい」と言ってくれるようになった。

サービスから10年近い時を経て、ようやく林の努力は認められたのだ。

社会に安心を与えたい

「お布施に上限金額を示してくれたことに感謝します」

「事業を拡大したいのではなく、社会に対してお坊さんに堂々としていてほしい思いがあったんですね」

お客様から理解ある声が聞こえるようになった。僧侶と檀家の関係が希薄になっているこの時代に、僧侶派遣を喜んでもらえることが嬉しいと話す林。

お経にくる僧侶のことで不安を覚えず、「また、あのお坊さんが来てくれた」と喜んでもらえるようになったという。

僧侶が法事や布施を強制しないことを社会に伝えたかったという林。僧侶と縁の遠いひとが社会にたくさんいるなかで、僧侶と人々のよい関係を作るべく林の活動は僧侶に対してこれからも働きかけていく。

「社会に対し、安心を与える僧侶であってほしい。」

―インタビュアーの目線―

「お坊さんのことで困っている人がいる。」

批判や軋轢など数多くの苦難を乗り越えてきた林さんが言葉にするその奥には、誰のためにそれをやるのかというビジョンが明確でした。

それはお布施に苦しめられた友人だけでなく、お坊さんのことで苦しむ人を林さんが数多く見てきたからではないかと思います。

林さんが会社を立ち上げるにあたり、周りの人から「お前は目立ちたいのか」など厳しい批判を受けたとのこと。しかし、助けたい人が明確だったからこそ、自分の軸をぶらさずにここまでやってこられたのも林さんの芯の強さだと思いました。

僧侶派遣サービスが珍しくなくなった時代、林さんのように誰のためにそれをやっているかを明確に言える人はそれほど多くないのではないでしょうか。

プロフィール

林 数馬(はやし かずま)52

東京都稲城市/天台宗僧侶

1966年群馬県桐生市生まれ。

1993年大正大学大学院文学研究科(天台学)修士修了

法名は林 行摂(はやし ぎょうしょう)。お寺に生まれ、大学院修士課程を修了後、関東各地の寺で修行を積み信念を持って僧侶としての人生を歩む。2004年に勤務していた寺院を退職。社会に信用される、僧侶としての新しい形を模索した結果、誰もが気軽に利用でき、明瞭な価格でのサービスを提案したいと考え、「株式会社おぼうさんどっとこむ」を設立、「生き方の一つにご供養がある」を提唱。葬儀、法事、結婚式等、様々な儀式・ライフイベントへの僧侶派遣という新しい僧侶の在り方に取り組んでいる。

著書:「自分のことぐれぇ自分で決めろ―そんな戒名なら要らない お葬式は自分で創る」(2014)

おぼうさんどっとこむ http://www.obohsan.com