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大分県民のソウルフードとして愛される銘菓「やせうま」。

山梨のほうとうにきな粉をまぶしたような甘い菓子、といえばイメージできるだろうか。

今回紹介する秦健淳(しん けんじゅん)は、この和菓子発祥の場所である大分県・妙蓮寺の住職。

彼はこの「やせうま」のPRを用い、妙蓮寺に人が来てもらうための活動に取り組んでいる。

「やせうま」が生まれたのは平安時代。京の都から大分県・古野の地に、幼い貴族・藤原鶴清麿が隠遁し、ともにきた乳母・大原八瀬が彼の成長祈願に訪れたのが妙蓮寺だった。

八瀬とともに帰投した鶴清麿は空腹になると彼女に催促し、この菓子をつくってもらったという。

彼女の「八瀬」の名と方言でお菓子を指す「うま」が組み合わさり「やせうま」の呼称になって以来、大分県の郷土料理として現代でも愛されている。

「私と『やせうま』を通じ、妙蓮寺との縁を東京に集まる人たちに持ってほしいんです。」

なぜ東京で大分の菓子のPRをしているのかという質問に、秦はこう答える。彼はどのような僧侶なのだろうか。

38歳にして実家の住職の道に。ずっとそばにいた祖父との絆

大分県唯一朝廷から陰陽師の許可を得た寺・妙蓮寺。その場所を母の実家にもつ秦だが、長年の経歴は僧侶とは無縁だった。

父がサラリーマンだったゆえ自由に育った秦は、20歳の時に上京し大手アパレルメーカーに就職。3年後に当時住職だった祖父が亡くなったが、養子がいたことから引き継ぐ必要はなかったという。

その後、25歳でオーストラリアへワーキングホリデーとして渡ってシドニーの大学を受講。卒業したのち帰国し、外資系航空会社にて営業として活躍するキャリアを築いてきた。

故郷とかけ離れた場所で生きてきたが、38歳の時かつて祖父の後継者だった人物から連絡があった。

「自分は余命いくばくもないから今度こそ跡を継ぎ住職にならないか」と。今後の生き方に悩んでいた時に来た思わぬ誘いに悶々としていると、ある言葉に背中を押された。

—あなたはお坊さんになる人よ。

かつて勤めたアパレルメーカーの工場にいた、中年女性だった。霊能力がある彼女には、秦の背後に祖父が寄り添っている姿が見えたという。

疎遠になったはずの自分を祖父がずっと見守ってくれていた。その事実と知り、住職になる道を決意した。

 

「やせうま」による再興への道。きっかけはサラリーマン生活で見たテレビ番組

妙蓮寺の住職への第一歩目として、比叡山へと修行に出た秦。

60歳の修行者が息子よりも若い指導者に詰められる光景や、心が折れ途中で降りていく仲間を目撃することもあった過酷な90日間だったという。

そんな修行を乗り切ることができた理由は、周囲の助けと祖父の霊がそばにいる心強さだった。しかし修行を終え僧侶になった秦を待っていたのは、先代で過疎が進んだ妙蓮寺の姿だった。

一旦東京に戻り再就職する道を選んだ秦は、大手銀行の子会社でITとネットワーク講師として新人を指導する生活を15年ほど過ごしてきた。サラリーマンをしつつ、妙蓮寺再興の道を模索していたある日のことだった。

視聴していたテレビに関東在住の大分県民対象に「懐かしいと思うお菓子は?」というインタビューしている映像が映っていた。その第1位が「やせうま」だったのを見た時、このPR活動が浮かんだ。

「東京には全国から人が来ています。その場所に住む大分の人たちの多くが今も『やせうま』を愛してくださっている。ならば『やせうま』のPRを通じ、妙蓮寺とも全国との縁ができるのではと番組を見ながら考えたんです」

大分の寺のお坊さんが、東京でその銘菓を売る。そんな目を引く光景で多くの人たちの興味を持ってもらい、妙蓮寺に祈願へ訪れる機会を増やす取り組みを3年間精力的に行ってきた。

支えてくれる人々の言葉を胸に、大分を離れた若者を救済する

秦の熱い思いを汲んでくれたのは、大分とは縁のないアパレル工場のあの中年女性だ。

彼女はこの「やせうま」の活動が始まる前に亡くなったのだが、生前「秦さんが大切にする妙蓮寺に一度でいいから行ってみたかった」という言葉を残してくれた。

東京でできたありがたい縁、それが秦の地元と妙蓮寺を布教してゆく原動力になっている。

秦は今後、真面目に生きすぎて苦しむ大分出身の若者たちを救いたいという。

かつて故郷を出て職を渡り、悩みつづけた自分と似た心境の彼らのため「変にアドバイスせず、まずは彼らの話をただ最後まで聞くこと」を心がけているそうだ。そしてその上でこの言葉を伝えたいという。

「年をとった時、故郷に帰り、眠れることは一番いいことなんですよ。」と

―インタビュアーの目線―

地方の人材流出や寺院の衰退。今後もこの問題は深刻化が予想されます。しかし秦さんは「銘菓」という他の人にはない着眼点と地元への熱意で、解決への道を切り開こうとしています。

そんな秦さんだからこそ魅力を感じ、支援したいと思う人々との縁が生まれるのだと感じました。

今後も「やせうま」で全国各地と縁を結び、大分と妙蓮寺を盛り上げるのに貢献されることでしょう。

プロフィール

秦 健淳(しん けんじゅん)56

大分県由布市/天台宗青雲山妙蓮寺 住職

一般社団法人 大分県名物やせうま保存会妙蓮寺 代表

一般社団法人 日本ライフコーチ協会 代表理事

一般社団法人 ファイナンシャルリテラシー検定協会 代表

JLCA日本ライフコーチ協会 代表

比叡山延暦寺監修精進料理研究家

1963年大分市生まれ

20代前半に某大手アパレルメーカーにて営業経験後、

25歳にワーキングホリデーでオーストラリア渡豪、

(シドニー滞在中、ニューサウスウェールズ大学英語専科を受講卒業)

帰国後、オセアニア方面某航空会社にて営業(オセアニアツアー企画)

その後、某メガ銀行子会社にてIT,ネットワーク講師として新人研修を約15年間経験

保有資格はフードアナリスト、薬膳料理アドバイザー、健康管理検定資格、ファイナンシャルプランナー資格、心理アドバイザー資格、終活アドバイザー資格、ホームヘルパー資格など多岐にわたる。

妙蓮寺 https://www.myourenji-oita.jp/