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千葉県勝浦市、太平洋を眼下に望む荘厳な雰囲気に包まれた妙海寺。

地域振興に力を入れており、街の若者が企画するイベントの会場としても開かれるお寺だ。

地域の人たちに交流の場を提供するだけでなく、都会の人が心と体の点検、調律を行える「テンプルステイ・リトリート」なども開催している。

そんな、人々の集まる妙海寺の住職を務めるのが、佐々木教道(ささき きょうどう)だ。一体彼はどのような僧侶なのだろう。

どん底のとき「妙海寺」に救われた。21歳の挫折と転機

佐々木は勝浦にある高照寺の長男として生まれたが、もともとは僧侶に魅力を感じておらず、お寺を継ぐ気はなかった。

「万が一のために資格くらいは持っておこう」と、立正大学の仏教学部に進学したものの、大学時代はクラブ活動とアルバイトに没頭。

家は厳しかったが、無理に坊主になれと言われることもなかったので、卒業後は一般職に就くつもりだったという。

しかし、21歳の時に味わった大きな挫折が転機となる。

どん底の中で「なぜこんな状況になったのだろう」と振り返ってみたところ、今まで「自分さえよければいい」と考え行動してきたことに気がついたのだ。

「これからは他者のために何かしなければいけない。」

そう思い始めたとき、実家と縁のあった妙海寺から、4人兄弟の長男だった佐々木に、跡継ぎにならないかと声がかかった。就職活動中だった佐々木にとって、タイミングのいい話だ。

ところが、当時お寺の仕事に違和感を抱いていた佐々木は悩んだという。「1週間で決めなさい」と父に急かされ、祖父に相談することにした。

すると祖父は「仏教の教えにそぐうことならば、自分の正しいと思うことをやっていい」と言ってくれたのだ。

悩んでいたタイミングで妙海寺に救っていただいたという気持ちもあり、「それなら自分なりにやっていこうかな」と、佐々木は寺に入ることを決意する。

自分の居場所として、地元・勝浦に戻ってくるのもいいような気がした。これといった大きな動機はなく、今思えば引き寄せられていくような流れだったのだ。

自分なりの「僧侶のあり方」を求めて。仏教をわかりやすく伝える「音楽活動」をスタート

平成12年に妙海寺に入寺してから、2年間は父が住職の代務をしてくれたので、佐々木は役僧として働きながら準備をした。

「妙海寺に自分がきた意義はなんだろう。」

突然お寺の世界に飛び込んだ佐々木は、「僧侶として自分のありたい姿」を求め、日々悩んだという。

まずは、お寺に人が来ない状況をなんとかしようと思った。

大事な法話を伝えようにも、今のままでは聞きにくる人がいない。

そこで、仏教をわかりやすく伝えるために何から始めたらいいだろうか…と悩んだ末にまず取り組んだのが「音楽」だった。

「お坊さんが話す」と言って誰も寺には来ないが、音楽のように自然に耳に入ってくるものであれば、若者にもとっつきやすいかもしれない。さっそく、仏教の教えを自分なりに咀嚼した歌詞で曲を作り、寺の内外で演奏することを始めた。

しかし、佐々木は元々音楽が趣味だったわけではない。小学生の頃にピアノとトランペットを少しやっていたが、作曲ができるほどではなかった。

高校時代の1つ上の先輩が音楽を続けていて、一緒にお寺で音楽活動に協力してもらえることになったものの、思っていた以上に大変な道のりだったという。

結局、仏法を勉強しながら歌詞を作り、演奏の練習をして、1曲目を作るのに1年ほどかかった。

初めは友人にだけ披露していたが、何曲かできたところで、檀家だけでなく若者にも聞いてもらおうと御会式(おえしき)法要の後に本堂で「御会式ライブ」を行った。結果は冷ややかなものだった。

しかし佐々木は、自分なりの表現で仏法を伝えるこの活動が必要だと確信していたため、諦めずに続けた。

努力の甲斐あって、5〜6年目には地元の小中学校や病院、施設、ライブハウスなどに呼ばれるようになり、トライ&エラーを重ねていく佐々木のスタイルが実を結んだ。

お寺の信頼と安定を生かして。行政や民間企業だけではできない「まちづくり」

2010年の末からまちづくりに携わる活動も増えてきた。

寺の場を開放し、ランチ会や魚の販売なども行っている。妙海寺がこういった活動に力を入れているのは、地域の人々のためだ。

というのも、勝浦の、特に妙海寺のある町では、人口の減少が進んでいる。

若者世代が仕事を求めて町の外へ転出してしまうので、妙海寺の檀家さんも3割が地域外にいるような状況だ。

人がいなくなって寺だけが残ることなどあり得ないので、持続可能なまちづくりを行わなければ、妙海寺というお寺は必要なくなってしまう。

佐々木は、「地域のため、檀家のため、お寺のため。すべてが重なる活動こそ、寺の場でやるべきだ」と語る。

妙海寺では今まで「まちづくり」のための様々な取り組みをしてきたが、初めのうちは、従来のお寺らしくない姿に冷ややかな反応もあったという。

しかし、地域のためという姿勢を貫いて繰り返していくうちに「そういう意味があったんだね」と、少しずつ理解し、後押ししてくれる人が増えていった。

過疎地域のお寺だったが、逆にそういうお寺だからこそ、人の役に立つことであれば何でもできたのだろう。

これは行政や民間企業にはない強みだ。長年築いてきたお寺の信頼と安心の上で活動を行えるというのは、大きなメリットである。

こうして妙海寺は今、人が来るお寺になった。

相談が地域の内外から寄せられ、佐々木も「こうしたらいいんじゃないか」「ここに行けば実行できるよ」と、具体的な案を出して応えている。

最初にやってきた相談事は「フェスをしたい」というものだったという。地域の物産を販売するフードコートや雑貨の出店を考えているが、市の会場では水が出せず、物販も不可能。

「野外ライブを幾度も行っている佐々木なら、きっといい開催場所を知っているに違いない」と、町の若者たちが相談にきたのだった。

そこで佐々木は、お寺で年に1回開催しているお祭りと共催して、お寺を会場にフェスを行なってはどうかと提案した。

保健所の届け出はお寺側である程度一緒に行えるし、人が集まってくれれば妙海寺としても嬉しい。

檀家のためだけに従事しているお寺は、いまの時代に成り立たなくなるのではないかと危機感を感じる佐々木。まず地域のために寺の場を開放し、お寺に集まるひとの関心を引き出すことを主に取り組んでいる。

こうして妙海寺は、地域の「やりたい」を叶える場所として、頼りにされるようになったのだった。

人が集まる今の妙海寺は、いろいろな人とつながるコミュニティの機能も果たしている。

「お寺を中心に支え合う、つながりの強いコミュニティを作りたい」持続可能な地域づくりを目指して

佐々木が妙海寺の住職として大事にしているのは、「頼りになること」「心と体を整える場所であること」「良いつながりをつくること」だ。

お寺には、人々がよりよく生きることを叶えるための、こうした機能が必要である。

これからも人の集まる状態を続け、「本当に頼りになる寺」になっていきたいと、佐々木は語る。

佐々木がここまで「地域振興」を意識しているのは、妙海寺に来てから檀家さんをはじめ、地域の人々にたくさんお世話になった経験から、「恩返しをしなくては」という気持ちが芽生えたためだ。

勝浦にシェアハウスを作りたいという夢もまた、一人で暮らしている人々が、助け合って生活できる環境を作りたいという思いからである。

現在、勝浦を含め地方では過疎化が問題となっているが、日本全体の人口減少に伴い、今後は都市圏でも過疎が進むだろう。

経済規模こそ小さいが、人口が減っても持続可能なコミュニティを形成できるのは、田舎だからこそ。

最終的には、妙海寺を中心にしたつながりの強いコミュニティを築き、みんなが安心して住める地域を作っていくのが、佐々木の目標だという。

―インタビュアーの目線―

逆境をプラスに変え、妙海寺を人が来る寺にした佐々木さん。

やっていることは一見、突飛なアイデアのようですが、佐々木さんは何のためにそれをやるかを理解して行動しています。

それは佐々木さんが若い頃に苦しみ抜いた経験から、相手に対して自分ができることを追求している姿勢を取材して感じました。

音楽や宿坊は手段であり、相手にとって本質的な価値は何を知るからこそやり抜く気力がある。

「他がやってるから」という安易なきっかけを口にせず、「田舎だから」「若者が宗教離れする時代だから」というネガティヴな考えもありませんでした。

僧侶として自分の在りたい姿をもつ佐々木さん、街で人気者になる様子が伺えます。

プロフィール

佐々木 教道(ささき きょうどう)42

千葉県勝浦市/日蓮宗 正榮山妙海寺 住職

千葉県南部教化センター長

一般社団法人寺子屋ブッダ 理事

ONE勝浦企業組合 水産事業部 班長

1977年 千葉県生まれ。

1990年 得度

1996年 千葉県立長生高校卒業

2000年 立正大学仏教学部宗学科卒業

2002年 住職承認

大学卒業後、1359年開基の妙海寺に入寺。

妙海寺は「菩薩づくりでまちづくり」という活動テーマを掲げ、自らの幸せと他者の幸せを重ねて生きていくという菩薩の生き方を伝道し地域振興に力を入れ、街の文化祭の場などに寺を開放。映画会やランチ会など、地域の人たちに交流の機会を提供、都会の人に「瞑想」「マインドフルネス」などを根本とした、「最高の休み方」を体験してもらう「テンプルステイ」など開催。

現在、「寺」「仏教」という、よりよく生きるために必要な「体験コンテンツ」を楽しくわかりやすい形にブラッシュアップするとともに、「民泊」を運営していくことで、お寺と地域がともに気になっていくことにチャレンジ。

また、地域のハブとなり、地域の人々が支えあうことのできるより良いコミュニティーを作っていきたいと考えており、職種や地位などにかかわらず人と人が安心して出会える場所「サードプレイス」であり、小さくても強いコミュニティーの在り方を模索中。

<オモシロお寺事業>

「テンプルステイ」「お寺でランチ」「瞑想体験」「寺市」「仏前結婚式」「婚活」「メディカルカフェ」「外房サイクルサポーターズ」「民泊」

<地域活性事業>

「寺子屋ブッダ」「まちのお寺の学校」「熱血!!勝浦タンタンメン船団」「ONE勝浦 未利用魚販売」など

妙海寺 https://myokaiji.jp