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「一緒にツクろう。新しいお寺のカタチ。」

龍岸寺のホームページを見ると、このキャッチコピーが飛び込んでくる。

龍岸寺は開創400年以上の歴史を持つ京都にあるお寺だ。江戸幕府の初代天文方をつとめた渋川春海と縁があり、彼がつくった天球図などを展示した特別展も実施したことがある由緒あるお寺だ。

しかし、現在このお寺ではアイドルのライブをしたり、カフェをしながら講師と共に仏教について語り合うイベント「冥土喫茶ぴゅあらんど」を開催するなど、斬新な取組みを実施している。

今回紹介するのが、龍岸寺住職の池口龍法(いけぐち りゅうほう)だ。

彼は浄土宗の僧侶でありながら、宗派を越えた僧侶たちが情報発信するフリーペーパー「フリースタイルな僧侶たち」を創刊した初代編集長でもある。

2009年の創刊当時は僧侶が情報発信することが珍しかった時代。しかし、試行錯誤しながら「仏教って何だろう」という思想を誌面で伝え続けていると、徐々に僧侶たちが集まり、情報発信が広がっていった。

「仏教の核となるメッセージは2500年変わらないが、現代を生きる人にそれを伝えるために僧侶がやることはたくさんある」と語る池口龍法。彼はどのような僧侶なのだろうか。

仏教好きを素直に言えない葛藤

池口は兵庫県の浄土宗寺院の長男として生まれた。現在、住職をつとめている龍岸寺は母親の実家である。池口は小さい頃から僧侶になりたいと思っていた訳ではないが、お寺の跡取りとしての意識はあった。

しかし、学生時代に起きた地下鉄サリン事件以降、宗教に対する重たいムードが広がり、池口は「お坊さんになることへの後ろめたさ」を感じていた。

そんななかでも、進学した京都大学では仏教学専攻を選択するなど、自分が仏教好きであったり、お寺をやりたいというのを素直に言えなかった葛藤があったという。

「寺の中にいても始まらない」仏教フリーペーパーを創刊するきっかけ

池口が知恩院の職員として勤め始めた頃は、伝統教団の僧侶が「お寺はこれから衰退していくな」と話すなど仏教に対する閉塞感があった。

寺の外に出て新しいことを始める人はいないし、若い僧侶が発信すべきではないという空気さえ漂っていた。

ある日、池口が勤務先の知恩院へ向かう途中、新興宗教の信者が京都の街中でフリーペーパーを配っている姿を見た。

新興宗教が、一般の人に宗教の教えを広める教化運動を実践している努力は偉いと感じた。

それに比べて、僧侶は情報発信するどころか、名刺を持つことも少なかった。当時の僧侶は自分の知っている人とだけ付き合っていれば済んだのだ。

名刺を持って自分のパーソナリティを伝え、フリーペーパーで仏教に関する情報を発信することで、はじめて人との出会いが生まれ、いまの人に仏教が伝わるのではないか。

そう考えた池口は、「お寺の中にいても始まらない。一か八かやってみよう」と、仏教フリーペーパーを創刊することになった。

いまの人に伝わる仏教とは何だろう

創刊号のコンテンツは何を作っていいかわからなかった。当時は、いまの人がどんな仏教を求めているのかを一緒に考えてくれる僧侶はいなかったので、知り合いのフリーライターに相談しながら手探りで作った。

フリーペーパー「フリースタイルな僧侶たち」の創刊号は2009年8月に発行部数1500部からスタートした。

ただ発行しただけではない。池口は街に出てフリーペーパーを配る活動もした。

池口が寺院外の個人活動や別の宗派の僧侶と活動することに対し、白い目でみる人はいたという。

しかし、フリーペーパーを見た若い僧侶が、この活動に参加したいと名乗り出てくれて、池口のあとに編集長を務めてくれるようになった。

池口が寺の外で活動する姿勢は、若い僧侶に影響を与えた。フリーペーパーは、僧侶同士がつながって、「これから仏教をどう受け継いでいくべきか」と問いかける土壌を作ってきたのだ。

仏教を伝えるため、僧侶を前に出す

池口が勤める京都・知恩院は、浄土宗の総本山だ。そのため、全国から大勢の参拝者が知恩院に来る。しかし、一般の人に仏教を伝えるのは本山ではなく、各地の一般寺院の役割というルールがあった。

池口は、知恩院に来て仏教の意義を教わらないまま、建造物や仏像の観光だけをして帰っていく参拝者を見て「参拝者が求めているのは観光だけなのだろうか」と疑問に思ったという。総本山であろうとも、一般の人に知恩院の僧侶から仏教を伝えるべきだと池口は考えた。

池口は知恩院の僧侶らとともに、積極的に仏教を伝えるコンテンツを企画していった。2016年の「知恩院ライトアップ」では期間中に法話会を実施したところ、1日3座、80人ほど入る部屋が10日間すべて満員になった。

さらに池口は、知恩院ライトアップを「お坊さんの顔が見えるライトアップ」にしようと、広報のポスターに若い僧侶を起用したビジュアルを提案した。特に2018年のライトアップで使用された「ナムい」という言葉は、若い人のアンテナにひっかかり、SNSでも話題になった。

若い僧侶が格式ある総本山のポスターに起用されるのは、異例の試みである。しかし、いまのひとが仏教を求めていると感じた池口は、若い僧侶を前に出して一般の人に仏教の教えを伝える様、彼らを後押ししてきたのだ。

法話を聞きたい人に、法話を届ける

2014年に龍岸寺の住職になった池口。龍岸寺では文化と仏教を掛け合わせたいと考えていた。

お寺という昔から培われてきたものが、しっかり現代に映えるようにするにはどうすればいいのかと。その時、アイドルオタクだった学生から、お寺でアイドルをプロデュースしたいと申し出があった。

池口が断る理由はまったくなかった。

「物事を否定から入ってもなにも始まらない。むしろ、それをどうもっていくかで良し悪しが決まっていく。アイドル文化とお寺がいい化学反応を起こすように助けていくのが住職の仕事だ。」

龍岸寺でライブ活動をした結果、知恩院ライトアップの時と同じく、アイドルのファンから法話を求められた。

「フリーペーパー創刊から10年も現場にいるので、いまの人に合わせた仏教の伝え方が感覚的にわかる。『今度のライブでは経本持ってきて』とお寺からアイドルファンにツイートしたりなど、いろいろな盛り上げ方も実践している。」と池口は言う。

アイドルのライブでも、ライトアップの会場でも、法話を聞きたい人に法話を届ける。僧侶として当たり前のことが当たり前にできるようになった。

いまの人に合った仏教の価値

いまのひとに仏教が伝わるようにするにはどうすればいいのかを池口に尋ねた。

「仏教もそうだが、人は見ようとしなければ素通りしてしまう。まずお寺を一般の人の視界に入れさせることだ。

お寺には文化やいろんなものが詰まっているものなので、意識し始めると人は見逃すともったいないと感じ、ハマるきっかけになるのだ。

アイドルオタクが法話を求めたり、経本や数珠を自分から購入するなど、いつのまにか仏教にハマるのが典型例だ。」

仏教をすぐにわかる人はいない。仏教イベントで一般の人がゆるく仏教をわかった気になっても、その入り口から引き込むことがなかなかできなかった。

しかし、龍岸寺での活動は一般の人が仏教について入り口から1歩2歩先に進んで、仏教を極めようと思う人が出てきているのが面白い現象だ。

池口にこれからの取り組みについて聞いてみた。

「仏教の価値を再構築したい。

日本では鎌倉新仏教の頃の教えをベースに、江戸時代の檀家制度のもとで仏教が展開された。それを本来は明治時代以降に作り直さないといけなかった。近代以前と以降とでは人の考え方は違う。

それを踏まえたうえで、日々革新を続けていけば、仏教が再び時代をリードする日は来ると思う。」

近代以前なら人は死んだら極楽浄土に行けるという物語を、素直に信じられただろう。現在は、神話的な話をそのまま受け入れていく時代ではない。

仏教の教えの捉え方の転換をやっていかないから、僧侶が発するひとつひとつの言葉がいまの人に響いてこないのだ。

仏教の価値を再構築するとはどういうことなのか。最後に池口はこう答えた。

「『自我の世界から無我の世界へ』。自分中心の世界を捨てて、世界の中に自分がいると捉え直していく、それが2500年からの仏教の思想にある中核だろう。

それを伝えていくのがお寺であるなら住職のためのお寺ではなく、多くの人たちの拠り所であるお寺であるべきだ。」 

―インタビュアーの目線―

宗教界全体に重たいイメージがあった時代を知る私たち世代にとって、スピリチュアルや歴女ブームは大きな変化が到来したと言えます。

その変化に対し、言われてから動くのではなく、ひとは仏教に何を求めているのかを聞くことがこれからの僧侶の資質だと思います。

「仏教って何だろう」という問いかけに対し、なかには宗門大学で習ったことをそのまま話す僧侶がいます。

釈迦や開祖がどう言ったかを一般の人が聞きたいのではなく、これまで伝承されてきた仏教の声を「お坊さん、あなたはどう思いますか?」と聞いているのに、僧侶自身の言葉で答えていなかったのかもしれません。

一見、池口さんのアクションはユニークに見えますが、仏教に対して少しずつ歩み寄ってくれた人たちに対し、仏教文化を広め、共生できる場を作っています。

僧侶が外に出て、一般市民と活動する場を作った池口さんの背中を見て、一般の人と一緒にお寺の場を作る僧侶が増えてくるでしょう。

プロフィール

池口龍法(いけぐち りゅうほう)  38才

京都府京都市/浄土宗三哲山一乗院 龍岸寺住職

1980年兵庫県生まれ。

兵庫教区伊丹組西明寺に生まれ育ち、京都大学、同大学院ではインドおよびチベットの仏教学を研究。大学院中退後、2005年4月より知恩院に奉職し、現在は編集主幹をつとめる。

2009年8月に超宗派の若手僧侶を中心に「フリースタイルな僧侶たち」を発足させて代表に就任し、フリーマガジンの発行など仏教と出会う縁の創出に取り組む(~2015年3月)。2014年6月より京都教区大宮組龍岸寺住職として、念仏フェス「十夜祭」「超十夜祭」や浄土系アイドル「てら*ぱるむす」運営などに携わる。

<著書>
『お寺に行こう! 坊主が選んだ「寺」の処方箋』(講談社)

『ともに生きる仏教 お寺の社会活動最前線』(共著:ちくま新書)

龍岸寺 http://ryuganji.jp