浄土宗王子善光寺 小野 静法 おの じょうほう
会って話を聞くことを続けていく
「お寺に来てくれた人にはゆっくり話を聞かせていただきたい」
東京都北区にある浄土宗・善光寺。東京の住宅街で、幼稚園から高校まで学校も多いエリア。JRや地下鉄など3路線が乗り入れする王子駅から平坦な道で歩いていけるところにあり、地域住民から「王子善光寺」と呼ばれている。
その住職が今回話を聞いた小野静法(おの じょうほう)だ。人の話を聞くプロとして、より実践的に人の相談を受けたいとマスタープラクティショナーと呼ばれる米国NLP協会認定やTA(交流分析)認定心理カウンセラーの資格を取り、善光寺・心の相談所では月平均30件ほど相談を受けるなど、徹底的に人と向き合いたいと願う僧侶だ。
プロのカウンセラーとなった理由を「自分が昔からコンプレックスを抱える人間だったから」と穏やかな口調で話す小野。彼はいったいどんな僧侶なのだろうか。
僧侶としての成長を檀家の皆さんがずっと見守ってくれていた
善光寺の長男として生まれた小野は、幼い頃からお寺を継ぐことに反発することなく育った。「子供の頃からお檀家さんが可愛がってくれたんです」という小野。
お寺に来てくれる檀家からの期待に応えたいと中学2年生のときに得度式(出家して僧侶になるための儀式)を受けた。善光寺で行われる季節ごとの法要や仏事に幼少の時から法衣を来て参加し、善光寺に来る檀家の皆さんを迎え入れていたそうだ。
小野は宗門校である大正大学に進学し、当時の仏教学部の学生が必ず入寮する道心寮に入った。寮で行われた修行生活を辛いとは感じなかったそうだ。大学では仏教学の基礎から学び、これまで唱えてきたお経の意味合いを理解するなど勉強は楽しかったという。
大学生の時から小野は僧侶としての実務を積むため、春と秋のお彼岸とお盆では檀家の自宅に伺い、1軒ずつ読経をして回った。先代住職である父とともに200軒以上の檀家を回るので、僧侶として歩み始めたばかりの小野にとって実務スキルがつく機会となった。
当初は袈裟(けさ。僧侶が着る法衣)姿を街で見られるのが恥ずかしかったと話す小野だが、実践仏教道場と言われる浄土宗の日常勤行をひたすら実践する修行を受けた後から意識が変わった。「お経が上手になったねと、お彼岸で回ったお檀家さんが喜んでくれたんです」と、自身の僧侶としての成長を檀家が見てくれていたことが嬉しかったという。
小野は努力を欠くことなく、さらなる成長を遂げる。25歳のときには浄土宗大本山の増上寺での御忌(ぎょき。浄土宗の法要)で1座14人に限られる声明の式衆に選ばれるほどだった。
カウンセラーを目指した理由
小野はあるコンプレックスを抱えていた。「話をするのが苦手なんです。人見知りをする性格なので、僧侶として自分でも不安でした」。人見知りを改善しようと、小野は檀家の自宅で読経した後になるべく話しかけるように心掛けた。しかし、当時はそれを克服することはできなかった。
しかし、視点を変えてみると話をするのが苦手でも話を聞くことはできると思った。元来、お寺はよろず相談をする場所だったはず。しかし、いまの時代にわざわざお寺に人が相談しにくることはイメージしにくい。しかも、数多くいるお坊さんの中から自分に相談したいと思う人がいるのかもわからなかった。
そこで、小野はプロのカウンセラーがどんな仕事をしているのか興味が湧いた。調べているうちに心理学の勉強が楽しくなり、プロカウンセラーとしてやっていく為の資格を取った。
「お寺では対機説法といって、相手に合わせて仏教の教えを説くこともあります。私の場合は悩みについての解決策を出すのではなく、相手の話を聞くことが専門。私が学んだのは気持ちが沈んだ人、心が不安定な人の気持ちを整理してあげること。人は一度話をしただけでは気持ちが落ち着かないことが多いので、何度か通ってもらうようにお伝えしています」
小野は善光寺で「心の相談所」を開設し、対面だけでなく電話でも相談を受けている。家族にも相談できない悩みを抱える人にとって、お寺がなんでも相談できる場所になるのは、価値のひとつだろう。小野は心の相談所を檀家にも利用してほしいと話す。
コロナ禍で取り組んだこと
小野は副住職として善光寺の法務(葬儀や法事)を先代住職の父と二人三脚で取り組んできた。父からは浄土宗の若手僧侶が所属する青年会が終わったら住職を継ぐようにと言われていたそうだ。
そして2019年11月に善光寺の住職を継いだ。住職を継職したとき、これまでの仕事とは責任の重さがまったく違うと感じていたところにさらに厳しい現実が待っていた。住職となって数ヶ月で新型コロナウイルス感染症が流行したのだ。法事や行事など先代住職のこれまでの取り組みも実施できず、住職として何から着手すればいいのかわからなくなってしまった。
お彼岸やお盆で檀家の自宅に回ることもできないような状況で、小野は檀家のためにいまだからこそやれることを考えた。檀家の家に伺うことも、お寺に集まってもらうこともできず、今まで通りの行事をする事ができなくなるなかでも仏教の有り難さを知ってもらうことができないかと考えた。
これまではそれぞれの法要のときに、お葬式や法事をする意味を法話のなかで説明していた。話して伝えることができないなか、その意味を伝えるためには、できるだけわかりやすい文章にして檀家に届ける必要があった。
そこで小野は善光寺でこれまで行ってきた法要の解説をご案内と一緒にすべての檀家に発送した。すると、これまで法話で伝えても反応がなかった檀家からもわかりやすいと反応があった。「これまで行事に申し込んでなかったお檀家さんがお寺に立ち寄ってくれて、解説がわかりやすかったと言ってくれました。善光寺は法事や行事でしか檀家さんと接する機会がないので、会わなくても仏教の有り難さが伝わったことは住職として本当に嬉しかった。解説を読んでくれる人に感謝を伝えたい。コロナが終息してもずっと仏教の教えを解説していきたいと思います」
対話を重視し、手段を変えていく
小野にこれからどんな取り組みをしたいかを聞いた。「これまでと変わらず、会って話を聞くことを続けていきたいと思います。コロナ禍で人が集まることが難しくなりましたが、きちんと対策すればこれまでと変わらず会って話を聞くことはできます。
先日、お檀家さんが高齢だった親を亡くされ、お葬式をしました。喪主のお檀家さんとはこれまで法事以外で話をしたことはありませんでしたが、お通夜が終わった後、人は亡くなってどこにいくのかと質問をいただきました。極楽浄土という世界があり、阿弥陀さんが迎えに来てくれるとお伝えしました。
その翌日の告別式の前に御礼を言っていただきました。これまで親を亡くした寂しさもあって眠れない日々が続いたが、私と話したことでやっと安心して眠れるようになったと言ってくださいました。
法事や行事でお会いすることが難しい今も、相手が求めるときにはいつでも話を聞かせていただくことを心掛けてます。なかには自分から声をかけられない方もいらっしゃるので、手段を変えてもっとお寺から発信してできるだけ多くの方に情報が届くようにしていきたいと思います」
浄土宗王子善光寺
東京都北区豊島3丁目4−9
JR・東京メトロ「王子駅」駅下車 徒歩15分