
高野山真言宗 足立 信行 あだち しんぎょう
お寺をもっと良くしたい
「高野山での生活は毎日が楽しく、刺激的なものでした」。
都内で葬儀社を経営する足立信行(あだち しんぎょう)は高野山真言宗の僧侶だ。一般家庭で生まれ育った足立は、とあることがきっかけで宗教とは何かを考えるようになったという。
大学で仏教を学んだ後、ある住職からお寺がまず取り組むべき課題は葬送での接遇だと指摘され、遺族の気持ちに寄り添って葬儀式を提供する「株式会社T-sousai(ティーソウサイ)」を立ち上げた。彼はいったいどんな人物なのだろうか。
宗教って何だろう
京都府福知山市で生まれ育った足立。実家はごく普通の一般家庭だったが、当時両親が新興宗教に入信しており、それをきっかけに家族関係がうまくいかなくなった。
その教団は解散したが、足立は両親から離れ、親族の家にかくまわれることになった。幼少期に家族だんらんの時間を過ごせなかった足立は、「宗教ってなんだろう」と考えるようになった。自分や家族が苦しんだ経験から、本当の宗教とは何なのかを究明したいと思うようになった。足立は大学で仏教を学びたいと決意し、山にこもって学べる環境を探し、高野山大学に進学することになった。
高野山大学の密教学科で仏教を4年間学んだ後、専修学院で1年間、加行(けぎょう)と呼ばれる修行を行い、阿闍梨(あじゃり。僧侶の師範)になった。真言宗の開祖・空海(弘法大師)の伝記を読みこみ、サンスクリット語で書かれた仏教の原典を解読し教えてくれた教授を師事し、仏教の奥深さを学んだという。
その後本山にある塔頭寺院(たっちゅうじいん。本山を補佐するお寺)で奉職した足立は、高野山へ参拝に来る人に仏教を伝える仕事にやりがいを感じた。「僧侶は自分が学んだことを伝えることで人に感動してもらえる仕事だと思いました」。
寺院の本質的な価値を提供すること
その後、足立はもっと深く仏教を知りたいと思い、日本各地のさまざまな宗教を知る旅に出た。各地の神社や四国八十八箇所(お遍路)を巡り、托鉢しながら1年もの時間を過ごした。質素な生活を経験したことで、どこでも生きていける自信がついたという。
ある日、足立は長野県松本市に市民に開かれたお寺があると聞いた。神宮寺(じんぐうじ)というお寺で、そこの髙橋住職に話を聞いた時、今でも覚えていることがあるという。「僧侶として葬儀をしっかり営むことが、これからのお寺には今まで以上に求められると髙橋住職から聞きました。それは心を込めて読経するということではなく、遺族に向き合うことが何より大切であると教えていただきました」。
お寺がイベントや企画を立て盛り上げようとすることよりも、求められるのは読経や供養といった本質的な提供価値だと改めて認識したという。特に葬儀で直接向き合う遺族に対して、お寺が何をできるのかは問われていく。形式だけの葬儀をするお寺もあるなか、足立はその現状を変えられると考え、自身が僧侶として読経するよりも葬送の現場を知りたいと、葬儀会社に勤めることを決めた。
僧侶の自分だから提供できる葬儀サービス
足立は都内にある大手葬儀社に就職した。営業から祭壇の施行、納棺、司会進行、相続の相談など葬儀に関わることはすべて経験し、学びとした。上司に恵まれた足立は『自分の家族を見送るように』と、遺族と向き合い一緒に故人を見送るという葬儀社の考え方を叩き込まれた。
遺族から指名をもらえるようにもなった頃、遺族から都内葬儀社の評判を聞かせてもらうことがあった。不満の多くは対応が事務的だったというもので、足立は遺族が事前に相談をしていれば、対応が悪い担当者を外すなど対策は取れると感じたという。そもそも、葬儀とは家族が亡くなってから準備するものではなかった。人が亡くなる時の作法としてお寺に相談する存在が檀家であった。
葬儀会社による事前相談を一般の人に浸透させるのは難しいと感じた足立は、寺院が葬儀の相談会を募り、それを葬儀会社がサポートできないかと考えた。しかし、会社からは「お客さまは葬式があげたいだけで、仏教を求めてはいない」と寺院が関わることを受け入れてもらえなかった。
足立は寺院の本質的な価値を人に提供するために葬送を学びにきた。自分自身、仏教が好きだからこそ、仏教の価値をよく知らない人に『葬式仏教』と揶揄されたくはなかった。やはりそのためにはお寺から葬儀という手段で価値を伝えることは不可欠だと感じた。
足立は神宮寺・髙橋住職の言葉を思い出した。「葬儀は大切な布教だ。ご家族が故人から受け継いだ大切な命を感じることができる葬儀の場に、僧侶がその大切なことを伝えず読経だけして帰るのは怠慢にすぎない」。
足立は葬儀こそが『生きるための仏教』を伝えることができる手段であると再認識した。僧侶の自分だからこそ葬儀業界でできることがあると感じ、東京で寺院葬を専門に扱う会社を立ち上げた。
透明性の高い葬儀を実現する『模擬葬儀』
足立は『お寺葬のT-sousai』を設立した。東京では葬儀式が事務的に執り行なわれ、格安と利便性を強調したパッケージ型の葬儀が多い。そんななか、価格が不明瞭なイメージのある寺院葬にニーズはあるのだろうか。
「仏教にまったく興味がないご遺族に、仏教を説くことはしません。ただ、お寺の檀家は、普段からあまりお寺付き合いをしてなくても、仏教の葬送儀礼に少なからず関心があります。住職には仏教の正しい儀礼で葬儀をやってほしいというニーズはあるんです」と足立は言う。
檀家離れが進む都心では菩提寺がない人が増え、なかには葬儀でしかお坊さんを見ることがないという人もいるという。そんななか、足立が葬儀に満足しない人が存在することに着目し、その改善策として、事前に『模擬葬儀』を見せる相談会を実施したという。祭壇のレイアウトや棺の違いについて金額を含めて説明し、実際の葬送の流れを見せるそうだ。
「今まで遺族は葬儀会場で祭壇をじっくり見る機会もなく、仏教式の葬儀でも葬儀会社は正しい葬送儀礼を遺族に説明することはありませんでした。模擬葬儀では葬儀会社がお坊さんと一緒に『なぜお葬式をするのか』をわかりやすく説明し、お布施を含めた価格を説明することで納得して葬儀を受けてもらうことができるんです」と足立はいう。
模擬葬儀は、住職から事前に葬儀の相談を受けることができるので、檀家は納得して葬儀をすることができる。葬儀会社もお寺との信頼関係があるため、檀家に透明性の高い葬儀プランを提案するし、実際に寺院葬をした檀家からの声を紹介できるので、参加者もわかりやすい。模擬葬儀は葬儀に関わるすべての人に透明性の高いサービスが提供できるのだ。
檀家と向き合うなら、お寺はもっと発信すべき
足立は葬儀における仏教の意味合いを、自分自身僧侶としての知見をもって説明できる。だからこそ、お寺に求めるものがあるという。「模擬葬儀を大手葬儀社が企画してもあまり響かないと思います。
顔を知るお寺の住職が説明するからこそ人の心に届きます。そこで必要なのは『住職のお人柄』です。
名刺やプロフィール紹介だけでなく、住職の人柄が遺族全員に伝われば納得して葬儀に向き合えると思います。住職と話せる檀家は限られるので、もっと住職は自分の人となりを伝える発信をしてほしいと思います」。
お寺をもっと良くしたいという足立。僧侶として、葬送のスペシャリストとして、これからも生きるための仏教を伝えていきたいと話してくれた。
高野山真言宗僧侶/(株)T-sousai
東京都港区浜松町2-2-15
足立 信行高野山真言宗僧侶/(株)T-sousai
1982年11月生まれ、京都府綾部市出身。福知山成美高校、高野山大学卒。18歳で出家し、高野山真言宗総本山にて修行を積む。その後葬儀社に勤務したのち、システムエンジニアに転身するという特異すぎる経歴を持つ。2014年に「T-sousai」を設立。正しい仏教の教えとともに「正しい日本人の弔い」を説くため東奔西走の日々を送っている。