浄土真宗本願寺派超勝寺 大來 尚順 おおぎ しょうじゅん
大きな世界から、
小さな地元を変えていく
山口市徳地に超勝寺というお寺がある。徳地は人口6000人も満たない小さな町だがお寺が多いエリアで21ヶ寺もある。山口市全体の人口20万人に対し寺院数は172ヶ寺という比率からも、徳地が地域の方に昔からお寺が親しまれていることがわかる。
今回話を聞いたのはその住職・大來尚順(おおぎ しょうじゅん)だ。世界最高峰の学術機関であるハーバード大学で学んだ異色の経歴の持ち主である。「お坊さんとしてできることにとことん向き合いたい」と語る大來。彼はいったいどんな僧侶なのだろうか。
僧侶になるため、京都で学んだ
超勝寺の長男として生まれた大來は、中学生の頃からお盆の時期は門徒(檀家のこと)の自宅を回り読経するなど、自分が住職として寺を継ぐことを自然と受け入れていた。超勝寺にはよく悩み相談をする人が来たそうで「人と向き合う父の姿を見て僧侶になろうと決意しました」と大來はいう。その段階で宗門大学である京都・龍谷大学への進学を決めた。
学生時代から新しいことを学ぶのを苦とせず、真宗学科のある文学部を目指すものの数学が一番得意だったという。しかし、受験勉強を進めるうち、自らの進路に不満を感じるようになった。「仲間が学力や行きたい場所に合わせて進学先を選んでいるのに、自分には選択肢がなく、将来地元から離れられないのを辛く感じましたね」
しかし、大來はそこで奮起する。「学ぶならとことんやってやろう」と、京都で学び尽くし地元に帰ろうと決意した。結果、その時に出会った学問が大きく人生を変えることになる。
大学で出会ったエンゲイジド・ブッディズム(社会参画仏教)
龍谷大学・真宗学科では、真宗学を中心に将来住職になるために必要な勉強をする。しかし、それはあくまで住職になるための学び。先輩やクラスメイトは真面目な人だったが、もっと成長したいと意欲が強い人はいなかったという。
部活動にも所属し楽しい大学生活ではあったが、このまま普通のお坊さんにはなりたくない、と野心が芽生え始めたという。お経や作法を学んで門徒のために奉仕することは大切だが、僧侶として社会全体のためにできることはないか。
そう考えた大來は大学2年生のとき、社会と関わる仏教「エンゲイジド・ブッディズム(社会参画仏教)」に出会った。仏教の立場から社会問題に対して実践的に発言し、理想的な社会を目指す行動だが、当時それを学問として専門的に学ぶことは日本の大学では難しかった。
大來は独自に学術書などで学び始め、「エンゲイジド・ブッディズム」研究の第一人者であるクリストファー・クィーン博士がハーバード大学で教鞭をとっていることを知る。「自分もこの人のもとで学びたいと強く思いました」
しかし、いきなり世界最高峰の学術機関に入ることは難しい。そこで、海外で仏教を学ぶためにいろんな人から話を聞いたところ、アメリカ・カリフォルニア州バークレーにある米国仏教大学院で修士課程があることがわかった。
父に相談すると、「大学は選ばせてあげられなかったから、大学院は好きなところへ行っていいぞ」と言ってくれたそうだ。門徒と向き合う時と同じように、自分の進学に真摯に向き合ってくれた父の姿勢を大切に、大來は世界で仏教を学び始めた。
学びを突き詰めて、見えた新しい世界
アメリカ西海岸のバークレーで3年間学んだ大來。大学院では仏教の教えが社会で実際にどのように発揮できるかという手がかりとして、キリスト教の「解放の神学」を中心に学んだ。葬式仏教と揶揄されがちな日本の仏教の欠点と利点を学ぶことができたという。
大学院を卒業する時期になり、大來は進路に迷っていたという。「研究者、海外で僧侶になる、博士課程…迷いながらもまだまだ学びたいという想いが強かった」。バークレーでの3年はあくまで日本で学んだことを英語で伝えられるようになっただけという感覚で、さらなる学びへの意欲が大來をハーバード大学で学ぶことを決意させた。大來は仏教を学ぶ原点となったエンゲイジド・ブッディズム(社会参画仏教)をクリストファー・クィーン博士からどうしても学びたかったのだ。
1年間働き、入学資金を稼いだのち、今度はアメリカ東海岸のマサチューセッツ州にあるハーバード大学に進み研究員としてクリストファー博士から念願の学びを得ることができた。「勉強が楽しくて仕方がなかった」と当時を振り返る大來。新たな学びへの挑戦の過程で、仏教についての自分の意見を伝えられるようになり、相手にも認めてもらえるようになった。
「今までの学びが通用したことが自信につながった」と語る大來。ハーバード大学で知識と視野を広げ、日本へ帰ると今まで見えていたものが違って見えたという。
受け継がれた文化の価値を知る「温故知新」
大來は帰国後、バークレー時代に縁があった仏教伝道協会(東京都港区)に勤めることになった。日本の仏教を世界の学術機関へと広めるための部署があり、そこで大來はスキルを活かすことができた。
さらに、個人的にも留学で学んだことを発展させていった。その中の一つが、日本の寺社仏閣を世界からの観光客に向けて紹介する観光ガイドの育成だ。2020年東京五輪という世界的イベントを前に、日本の仏教を英語でどう表現するのか講演をして回ったという。残念ながら東京五輪は延期になったが、学びを実践に移し積極的に行動してきた。
2020年には仏教伝道協会を退職し、地元山口へ帰ることになった。「一度外から見ることで全く違う考えを持つことができた」。海外や東京から地元に戻り、大來はそう感じたという。同じ場所に残ることで当たり前になってしまったものも、本来は素晴らしい価値があると気付けるようになったという。
「温故知新の大切さに気付かされましたね。私たちはつい無駄だと思ったことは新しいことに取り替えたりしてしまう。いきなり物事を変えるのではなく、これまで長く日本、地域で親しまれてきた文化や風習には、必ず意味があると学べました」
地元に長く残る文化の価値を改めて知り、新しい視点から受け継いだ文化を継承していくことが大切だと実感したという。「実家のお寺も同じことで、父には父の法事のやり方がある。京都の本山(西本願寺)とは異なるやり方であっても、それはこの地域だからこそ育まれた意味があるんです」。父からもまだまだ教わることはあると、大來は笑顔で語った。
仏教について気軽に話す「朝のお掃除会」
地元に帰った大來は門徒からこれまでの話を聞かせて欲しいと言われるようになったという。大來はそれが嬉しくて、もっとお寺で話がしやすい機会が作れないかと考え、毎月第1木曜の朝7時半からお寺の掃除をするテンプルモーニングという企画を始めた。超勝寺の門徒だけでなく、地域の皆さんが自由に参加できるそうだ。朝の読経、境内の掃除とお茶会をする1時間。
「お寺の朝にみんな集まって掃除するのは気持ちがいいですね。お寺はその門徒しか行ってはいけないイメージがありますが、このような機会を作るだけでも近隣の方だけではなくいろんな地域から参加してくれるんです。来てくださる人と話してみると、仏教について話を聞きたいと言ってくれます。仏教を求める人が多いことに気付かせていただきました。
やはり地元が大好きなので、ならば自分が地元のためにできるとことんやってみようと思いました。まずは、地元で愛されている文化の価値を国内外の人に自信を持って発信したいと思います」と話した大來。
町のみんなから愛される大來のような人物が発信することで、町全体に自信がみなぎり、さらに地元の良さが発信される未来も遠くないだろう。
浄土真宗本願寺派超勝寺
山口県山口市徳地岸見853
JR「防府駅」駅から車で22分
中国自動車道・徳地インターチェンジから車で10分
大來 尚順浄土真宗本願寺派超勝寺
浄土真宗本願寺派 大見山超勝寺住職
著述家 翻訳家
1982年、山口市生まれ。龍谷大学卒業後に単身渡米。カリフォルニア州バークレーの米国仏教大学院に進学し修士課程を修了。その後、同国ハーバード大学神学部研究員を経て帰国。僧侶として以外にも通訳や仏教関係の書物の翻訳なども 手掛け、執筆・講演などの活動の場を幅広く持つ。2019年 龍谷大学奨励賞を受賞。
著書に『楽に生きる』(アルファポリス)、『超カンタン英語で仏教がよくわかる』(扶桑社)『訳せない日本 日本人の言葉と心』(アルファポリス)、『端楽』(アルファポリス)、『つながる仏教』(ポプラ社)など多数。