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二点間に張り渡した専用ラインの上で楽しむスポーツ・スラックライン。綱渡りを低く短くして、誰もが楽しめるよう進化したスポーツ……といえば想像できるだろうか。

1960年代アメリカで生まれ、日本でも10年前から注目されているこの話題のスポーツの一般法人があるのが人口1万人の町・長野県小布施町。なんとアジア初のW杯が行われた場所でもある。

浄光寺の副住職・林映寿(はやし えいじゅ)は、そんなビックイベント招致の立役者。

さらに彼はこの浄光寺でゲームのプログラミング講座、綺麗な文字ではなく、どんな文字を書いてもいい「筆遊び講座」などを実施している。「筆遊び講座」に関しては、県外に3カ所に分校があるなど全国からの認知度も高い。

地方の寺院の多くは経営が難しい現代だが、林のユニークな施策は多くの人の心をつかみ、浄光寺への訪問者は次々と増えている。彼はどんな僧侶なのだろうか。

檀家がない。父から引き継いだ難題の解決策は「楽しむこと」

林の実家でもある浄光寺は、600年を越える歴史を持つ寺院でがん封じの祈願寺として全国に知られた寺であった。しかし、観光寺院でない浄光寺は檀家がない状態が続いていた。

地元の地方局のアナウンサーも務めている父のもと、何不自由なく育ってきた林だったが僧侶として生きたい思いから小学校3年生の時に得度を受ける。竹刀を持って追いかける厳しさも持ちつつ林に対し理解のある父からの指導のもと、未来の住職へと成長していった。

「今は人々がお坊さんのことを偉いという思ってくれる時代じゃない」大学時代に恩師からそんな言葉を投げられ父の跡を継いだ20代の林は、浄光寺に人を集めるにはどうすればいいか苦悩していた。

「人を集めようとするのではなく、人が集まるに変わるべきではないか?」

何か妙案はないか試行錯誤していた林はある時、そんな答えに至る。

いくら寺院に来てほしいと言っても、人々にとって寺院は特別行きたい理由のある場所ではない。しかしお店のような美味しいもの・楽しいものがある場所には、人々は自然と集まる。

ならばその「人が集まる」楽しい場所へと、この浄光寺を変えようと考えたのだ。

その目的を果たすためには、「寺院の僧侶である自分自身が心から楽しそうにしていないと、人々は寺院に訪れない」と結論づけ、自らが楽しんで取り組める施策を実行することにした。

全国から注目される「筆遊び教室」の始まりは、殴り書き

そこでまず本堂でゲームのプログラミング講座、裏山の竹やぶで竹細工をして水鉄砲を作るといった「静の施策」・「動の施策」を同時に実施。子供から大人、カップルまで楽しめる環境を生み出し、興味を引くことに成功した。

一方でデジタルの施策よりもアナログの施策がやりたくなった林はある日、筆と墨で半紙に『本日、デジタル休業中』と殴り書きし、朱印処に置いておいた。

すると、それを見た参拝客からこの半紙を買い取りたいという申し出が入ってきた。こんな殴り書きが売れるのかと新鮮な驚きを感じた林はこの文書をさらに書き続けるように。すると今度は、その殴り書きを習いたいという申し出まで来るようになった。

そこで林が始めたのが月一回の「筆遊び教室」。学校教育の正しく文字を書く「書写」とは違い、跳ねる・止めるなどを気にせずに自由に書く・むしろ紙以外のものに書いてもいい「書くことを楽しむ」教室だ。

五人の生徒から始めたこの講座が、徐々に人気が出てきたある日「距離的に通えないから、通信講座を開いてほしい」という注文が林の元に届く。依頼者の連絡先はなんと沖縄県・宮古島からだった。

想定外の事態に驚きつつ要望に対応するため、映像を制作しDVDによる通信講座を始めた林だったが、さらに同一人物から再度問い合わせが来た。

「実は自分は、宮古島で子供たちに書を教えている書道の師範です。一人の子供が字を間違えたことで親に叱られているのを見て心が痛んだことがあり、その体験から筆遊びのようなものを教えたいと思うようになりました。ぜひ筆遊び教室の宮古島分校を作らせてください。」

その申し出を聞いた林は実際に宮古島に来訪、対面したその師範と共に分校を完成させた。のちに石川県金沢市、茨城県筑西市、栃木県日光市にも作り、筆遊び教室の知名度は上がるようになったという。

世界チャンピオンを生んだ「スラックライン」。その理由は、楽しむこと

筆遊び教室などを通し、「浄光寺を人が集まる、楽しい場所にする」という目的へと大きく前進した林。そんな彼がスラックラインと出会ったのは2013年の夏だった。

遊びに行ったスキー場に設置されたスラックライン場を偶然発見し、友人と挑戦したものの全く乗れなかった林。しかしその友人の一人が見事に成功し、負けず嫌いの林に火がついた。そこで彼が行った新しい施策は、なんと浄光寺の敷地にスラックラインを張ることだった。

敷地にできたスラックラインで練習を繰り返す中で、少しずつ成功できるようになった林は近所の仲間を巻き込み「スラックライン」を楽しむように。

時を忘れる面白さから林は敷地にスラックライン用のビニールハウスを設置し、多くの人々とその魅力を共有できる環境を作り上げた。

楽しむことを目的に互いに教えあうルールを作ってきた結果、1年目でスラックラインのプロ選手がこの浄光寺で誕生し、さらに2年目には世界選手権に出場する選手まで出てきた。

そしてその翌年には、なんと小布施在住の少年が世界チャンピオンになってしまったのだ。著書『楽しいだけで世界一!』で綴ったように、アスリートを育成するのではなく、楽しく挑戦できたのがその理由だと林は当時を振り返る。

「楽しむこととは、ズバリ自主性を持たせること。親や僧侶に教えられるよりも、子供本人がその目標を達成したいかどうかが大事で、楽しみながら挑戦したからこそチャンピオンになれたんだと思います。」

子供達の世界を目標にする意思を尊重した林は、小布施にスラックラインのワールドカップを招致することを決意。資金面などで周囲から反対され、また実現に2年はかかると思われたこの計画だが、なんと林はわずか10か月で実現することができた。

全ては子供達の挑戦したい思いを叶えるため。「子供に頑張れと言ってるのに、大人が挑戦しないのはおかしい。」と彼は自らの考えを語る。

今年も2度目となるワールドカップ開催(2019年9月15日)を予定している。

「前例のないことに挑む」提供するのは、コミュニティと挑戦の機会

入寺した当初はいかに人を集めようか苦心した林。彼がこれだけの成果を出せた理由は、その気持ちを捨てたことだった。

自分が楽しいと思うことをやることで、人が来ることを理解した林は「制度や前例で決まりきったことをやるのは、今後やめる」と語る。

今、林が重視しているのは、檀家のみを特別扱いしてきたこれまでの寺院ではなく、出来る限り多くの人に寺院を開放することだ。

檀家でない人からも相談され、そしてコミュニティの中心に寺院がなっていく。僧侶である自分のやるべきことは教えを語ることではなく、筆遊びやスラックラインといった場を提供することだけと林は思っている。

社会が解決出来ない課題に対し、まずやってみる場、そして生き抜く機会を提供するのがこれからの寺院には大切であると語る林。

学校で身に付く知識ではなく、経験から身に付く知恵を提供したいと口にする彼は「何をやっていいかわからない」と悩む子供や若者に「感動を与えられる人になれ」とアドバイスしているという。

そのために自分が感動するものは何かを考え、行動することが大事であると。

「今までにない前例のないことに挑戦し、人々を感動させる。そのことがモチベーションになっています。」

―インタビュアーの目線―

「筆遊び教室の普及」「スラックラインの世界チャンピオン誕生とワールドカップの開催」

前例のないどちらの施策も、「寺院を人々が楽しめる場所にする」という発想から生まれました。

古い考えにとらわれず自分の楽しいことに挑戦することで寺院への人集めができた林さんの生き様は、まさに令和における新しい僧侶のあり方。

これからも、自らも楽しみながら子供達に挑戦する機会と生き抜く力を与える場を提供し続けることでしょう。

プロフィール

林 映寿(はやし えいじゅ)42

長野県小布施町/真言宗豊山派浄光寺副住職(浄光寺第三十四世)

一般社団法人スラックライン推進機構 代表理事

1976年 長野県小布施町生まれ

1999年 大正大学人間学部仏教学科卒業

長野県小布施町 真言宗豊山派浄光寺副住職

有限会社 マイクロスコープ 運営

筆遊び教室 主宰

仏教離れする現代において、いかに必要とされる寺院になれるかを課題にあげ、数々の寺子屋活動を行う。書道ではなく筆で字を書く楽しさを伝える「筆遊び教室」、寺の裏山で快適で豪華なアウトドアを楽しむ「グランピング体験」など、いずれも多くの人を引き寄せる五感体験となっている。2013年から導入したスラックラインは、地域や行政を巻き込んで三年連続全国大会を開催。2017年9月には、アジアで初となるワールドカップを開催するまでに。浄光寺に通う地元の子供たちの中からは、すでにプロライダーも誕生。2016年にはアメリカ・フランス・ドイツで開催された世界大会で、世界チャンピオンに輝いた高校生も輩出。

著書:『楽しいだけで世界一!』(2017年

浄光寺  http://www.jyokoji.jp/